【保育士】転職して主任になったけれど、園長の無茶ぶりに応える日々。保育士の数が足りてないのに収容人数増やすとも言われて、一年で転職しました。

【保育士】転職して主任になったけれど、園長の無茶ぶりに応える日々。保育士の数が足りてないのに収容人数増やすとも言われて、一年で転職しました。

【性別】女性
【年齢】(仕事が大変だった当時)
29歳

【当時の職業】
保育士

【当時の住まい】
給料の関係上、一人暮らしは難しく実家で両親と暮らしていました。

【その仕事はまだ続けてる?もう辞めた?】
転職して、違う業種で働いている





【就職のきっかけと経緯】
保育系大学を卒業後、そのまま保育士になりました。
子どもの頃から保育士になるのが夢で、大学時代に色々と保育士に関する問題も知りましたがそのまま就職をしました。
最初の保育園は当時大学に求人票を出していた所で、大学とのかかわりも大きかったのでそこを受け合格したので就職を決めました。
他にも受けていた所はありましたが、当時はまだ保育士不足が叫ばれるぎりぎり前だったのでいくつか落ちた上でやっと決まった所だったので、保育園の特色などは二の次「とりあえず保育士として働ける」ことが重要でした。
最初の保育園とは色々と合わなくなり、6年目で転職7年目は別の保育園で働きました。
転職は保育士転職サイトのエージェントに教えてもらった所でした。

【環境と仕事内容】
仕事内容「保育、書類作成、写真撮影、保護者対応、保育士育成、行事提案など」
設備「ビルの一階を改装した場所で、設備は綺麗でしたが子どもの行動の流れを考えていない所で使いづらかったです。
園庭はありませんでした。」

職員の人数「園長1名、主任1名、正社員保育士4名、パート保育士3名、調理師1名」自分のポジション「主任」
子どもや保護者の様子「小規模保育園だったこともあってか、子どもはのびのびとしていました。
保護者は多種多様で、モンスターペアレンツと呼ばれるような人はいませんでしたが、予備軍は複数名いました。
基本的には行事にも協力的な人が多かったです。」

休日「週休二日制で完全週休二日制ではありませんでした。」給与「年収300万ほど」

【大変だった時期】
7年目の年に転職し別の保育園で主任になったのですが、転職先の保育園で前年度の正社員保育士が全員退職していたことです。
その後の一年間ずっと大変でした。




【大変だったこと】
主任問題
転職してすぐに「今いる保育士が辞めるので、主任になってもらうと思う」と言われたものの、園長から特に何も言われず一か月の間、平の保育士として働いていました。
その後に「じゃあお願い」と言われましたが、その時にはもう保育士間での上下関係もなあなあになっていたので、そこから指導などほとんどできませんでした。
短大や専門学校を卒業したばかりの子への指導は元々難しかった上に「今更、何?」と感じられ、途中で退職されたらどうしようと気が気ではありませんでした。
園長の一言問題
思い付きで発言をする方で、約束をしても言った言わないになり話が通じない時がありました。
子どもの発達を見ていないのに「こうしたらいいよ!」と言われても、それは逆に危ない、と思うようなことばかりでついて行けませんでした。
その他
拘束時間は長い、休みの日の補填パートがいない、腰は痛い、給与が少ないなど多くありました。

【大変だった期間】
すぐに転職しました。
残った保育士に聞きましたが、職場環境は変わっていません。




【当時の心境】
色々と限界に達した時、一瞬電車の前に飛び出してやろうかと馬鹿な考えが頭をよぎりました。
自身の仕事へのやりがい的なものはあったのでしょうけれど、その時はもう感じられず「つまらない、行きたくない、帰りたい」とばかり思っていた通勤時でした。
それでも子どもは可愛かったし、「先生」と呼ばれることも嬉しかったです。
それで何とか一年やり遂げました。

【職場が大変だった原因】
原因は園長です。
保育士の話を一向に聞こうとしませんでした。
私がいた頃はまだ私が交渉をしていましたが、私が退職後はやりたい放題のようです。
また、保育士や保育園をとりまく社会的な環境も一因だと思います。




【仕事で良かったこと】
提案した行事が成功した時は達成感がありました。
保護者の相談を聞くのも嫌いではありませんでした。
印象に残っているのは、日常の保育中に少し困った行動をする(自分を一番に見てもらい時期の)子どもが話を聞いてくれた時です。
どの子どもでも懐いてくれたら嬉しいですが、その子が色々と周りを見た結果、自分のしたいことを我慢して話を聞いてくれたことはよく覚えています。




【特にひどかった最悪の出来事】
私が退勤後に、九時頃までお迎えに来なかった保護者がいたことです。
当時、私は主任でしたが当番制で六時頃には退勤していました。
新卒の保育士が延長保育をしていましたが、私に連絡することも保護者に連絡することもためらってしまい、その時間になりました。
保護者は自分の母親にお迎えを頼んでいたつもりだったらしいのですが、そこでも連絡の行き違いがあったようです。
新卒の保育士なので報連相をすることが世代的に難しかったようです。
その保護者は若くシングルでしたが、きちんと話せば分かってくれるタイプの人でした。
その保護者も怖かったようです。
かつかつの人材でやっており、小規模保育園なので元々の保育士の数も少なく、その上でここまで指導しなければならないのかとがっくりきました。




【相談した人・助けてくれた人】
母や友だち、前の職場仲間などによく愚痴をこぼしていました。
「うんうん」とただ聞いてくれたのでありがたかったです。
ですが、半年も経たない内に見切りをつけて「早く転職しよう」と考えていたので、それ以上暗くなることもありませんでした。
ここまで、という目に見える目標があったのでやっていけました。

【改善のための行動】
園長の交渉を続けました。
議題は多くあり園長は園にはずっといなかったので、全てはできませんでしたが、それはそれでよかったと思います。
交渉を諦めていれば、もっとおかしなことになっていたと確信しています。
園長の言っていることで子どもに危険がありそうなことは、わざと聞いていないふりをしてしまったこともあります。
園長は言ったことを忘れる人なので、とくに何も言ってきませんでした。




【現在の状況と心境の変化】
転職をして、三年以上が経ちました。
本当に辞めて正解だったと思います。
小さい子どもを見る度に「やっぱり可愛いな」と思いますが、保育士として正社員で働く気はもうありません。
事務職に転職してからも色々とありましたが、今を満足しています。
ただ、やっぱり子どもは可愛いので今度、時間給の保育士のバイトに応募してみようかなと考えています。

【学んだこと】
交渉を諦めないことです。
交渉を諦めると本当に言いなりにするしかありません。
上司は経営者なので全て聞かないというのも駄目ですが、交渉の余地があるなら一度話してみるのは状況の改善につながることがあります。
また、ある一定の所で見切りをつけるのも大事です。
しがみついていても辛いばかりなので、「無理だ」と思えば早めに動くことが重要だと思います。



【当時の自分へのアドバイス】
今は大変だけど、次の転職も何となるからもう少し頑張ってください。
辛いこともしんどいことも保育士間の話し合いもあるけれど、とにかく一年頑張りましょう。
園長は変わりません。
ですが、まだ話す余地のある人でもあります。
諦めず、程々の所まで話し合いをしてみてください。
それから、できれば新卒の保育士たちに私が辞めた後、交渉役がいなくなることの重要さをもう少し教えてあげてください。