【保育士】大人も子供もその行動には必ず理由がある。いじめる側の心境を立ち止まって考えれば、そのからくりがわかって腑に落ちる。その経験が必ず次に活かせる話。

【保育士】大人も子供もその行動には必ず理由がある。いじめる側の心境を立ち止まって考えれば、そのからくりがわかって腑に落ちる。その経験が必ず次に活かせる話。

【性別】女性
【年齢】(仕事が大変だった当時)
32歳

【当時の職業】
保育士

【当時の住まい】
賃貸アパートで夫と中学生の長男と小学生の長女の4人暮らし。

【その仕事はまだ続けてる?もう辞めた?】
転職して、同じ業種の別の職場で働いている





【就職のきっかけと経緯】
保育士の資格があったので活かしたいと思ったことと、前職が事務員だったので、働く親御さんの気持ちに寄り添えるのではないかという考えがあった。
私だからこそできる保育を目指せるのではないかという思いがあったから。

【環境と仕事内容】
クラスの副担任。
発達障害などで目が離せないお子さんの保育も兼ねていた。
主にダウン症、自閉症スペクトラム、ADHDのお子さん。
早番、中番、遅番の勤務。
正担任の補助。
そのほか誕生会を各月持ち回りで担当するので準備と進行。
連絡帳や書類の仕事。
市の臨時補助員扱いだったが、賞与無し。
11か月勤務した後12か月目に日雇い扱い。

【大変だった時期】
32歳で転職しこの職場に就職。
大人のいじめが横行していたので大変だった。




【大変だったこと】
人間関係が悪い。
いじめが横行していた。
市の臨時補助員というあいまいな立ち位置で、正職員の人がそれを理由にマウントを取る。
前項にも書いたが1年の最後の月が日雇い扱いになるという不思議な勤務体制には今も納得がいかない。
雑巾は手縫いでなければならないとか、○○しなければならないという制約が多かった。
残業時間を付けることが許されなかった。
仕事を家に持ち帰るのが当たり前で、園長が毎年変わることもあったので、保育方針にぶれが生じやすい。
年齢によって正職員にチャレンジできるできないがある。
新人いじめが当たり前だが、次年度に新人がはいってもだれがターゲットになってもおかしくない状態。
発達障害に対して偏見を持つ人もいた。

【大変だった期間】
3年近く勤務しましたが、最初から最後までいじめられていました。




【当時の心境】
希望をもっていただけに落ち込みは大きかった。
市立保育園だから、市の臨時職員なのだと思っていたら臨時補助員という謎の扱いで、市がブラックだった。
がんばった分の報酬ややりがいがあまりよいと感じられなかった。

【職場が大変だった原因】
お局職員がいる。
園長より長くいるので、園長より偉そうにしている。
私に落ち度はない。
助けを求めても見てみぬふりだった。
女性だけの職場ならではのことだと感じた。




【仕事で良かったこと】
発達障害の研修会に何度か行かせてもらった。
とても勉強になり、今の職場でもそれを生かすことができている。
忙しかった分保育環境について考えながら整えるスキルを伸ばすことができた。
手作りおもちゃや工作などの準備のノウハウや、月案などの保育計画を作成する経験を積むことができた。




【特にひどかった最悪の出来事】
お局職員に目を付けられ、他の人の目につかいないところで散々いびり倒された。
当時思春期を迎えた息子の子育てで悩んでいたので、自己肯定感が日々下がる中、職場でも孤立していくのがつらかった。
後で分かったことだが、私には発達障害ADHDの特性があり、周りの職員の人から「もしかしてそういう人?」という偏見の目で見られることがあり、私自身も障害者と見られることに不本意だった。
当時私は不器用だし勤務経験も浅いから我慢するしかないんだと言い聞かせていただけに、助けを求めたくても求められないように追い込まれていたと改めて思う。
自分が仕事をすればするほど、頑張れば頑張るほど空回りしているのがわかり、とてもつらかった。




【相談した人・助けてくれた人】
相談できる人はほとんどいなかった。
愚痴をこぼすことはタブーだった。
一人だけ、私を責めずに普通に接してくれる職員さんがいて、愚痴をこぼすことや相談することはなかったが、その人と仕事を組んだ時はとてもうれしかった。

【改善のための行動】
卒園式の壁面アートを一人で担当することになり、期限が迫っていても終わらなくて困っていたら周りの数人の方が手伝ってくれた。
陰ながら見守ってくれていた人たちだった。
私に指示を出した人は、手伝ってくれなかった。
もうこれが最後だと思っていたので、ダイナミックに型紙を取ってとにかく大きなアートを完成させた。
見事なアートだとみんなに褒めてもらえた。




【現在の状況と心境の変化】
そこの保育園は3年弱でやめて、その後数年は別の業種に転職。
9年後認定こども園で保育士をすることになった。
相変わらずいじめなどはあるが、私が今まで経験してきたことが活かせているのでいじめられることは今のところない。
年月が経ち発達障害などの認知も増えて偏見が昔よりは少なくなったので、就職する際発達障害があることをカミングアウトして、自分の得意不得意を周りに理解してもらいながら仕事を続けている。

【学んだこと】
自分の弱点と向き合う経験をしたことで、次の職場ではカミングアウトして周知し、人間関係を悪くしないように心掛けやすくなったこと。
いじめる人の特徴が、その人自身の満たされない気持ちからきていることが割と多いことが分かった。



【当時の自分へのアドバイス】
自分を責めすぎないこと。
つらいことはつらいと誰かに話していい。
今起きていることは通過点に過ぎないし、これが自分の経験として落とし込んだ時に次のステップに必ず使える。
保育の現場での経験も、会社員としての経験も全部リンクして、今の仕事でポジティブな気持ちづくりに活かせている。
あの時あきらめずに踏ん張ってくれてありがとう。
ちゃんと今につながっているよ。