【公務員保育士】保育士は妊娠したらだめですか?「おめでとう」も言われず小さく過ごした産休前の話

【公務員保育士】保育士は妊娠したらだめですか?「おめでとう」も言われず小さく過ごした産休前の話

【性別】女性
【年齢】(仕事が大変だった当時)
21歳

【当時の職業】
公務員保育士

【当時の住まい】
実家で、父母と学生の妹と弟と5人で住んでいました。

【その仕事はまだ続けてる?もう辞めた?】
今も同じ職場で働いている





【就職のきっかけと経緯】
公務員保育士になると、保育園だけでなく子育て支援センターや市役所などでも働けるため、公務員試験を受けました。
市の方で勝手に決められた配属先が公立の保育園でした。

【環境と仕事内容】
年中クラスの担任でした。
公務員なので福利厚生はしっかりしていて、完全週休2日制です。
クラスの中に、発達障害を持つ子どもが2人と、診断はもらっていませんがグレーの子が2人いました。
グレーの子どもが2人とも暴力的で、いつも走り回ったり大きな声を出したりしてクラスの活動を乱していました。
片親家庭が多く、クレーマーのような保護者もいました。

【大変だった時期】
20歳でその職場に配属され、2年目からが大変でした。




【大変だったこと】
クラスの子どもの中に、発達障害がある子が2人とグレーの子が2人いて、クラスの子どもたちをまとめることが大変でした。
また、家庭環境に問題のある子もいて、保護者との関わりも難しかったです。
さらに当時は、私が授かり婚をしていて妊娠中で、それをよく思わない職員から面と向かっていろいろなことを言われることもありました。
特に同期の職員と、担当クラスの相方の職員から「この年で出来ちゃった結婚はありえない」などと冷たい言葉をかけられました。
自分の居場所もなく職場で相談できる人もなく、クラスで子どもたちも暴れているし、保護者からのクレームもあり、自分の仕事も溜まって片付けられず…さまざまな条件が重なっていてかなり大変でした。

【大変だった期間】
2年目の春から、産休に入る次の春までの1年間でした。




【当時の心境】
毎日職場に行くのが億劫で、早く職場に着いて仕事を片付けたくても起きられず、出勤時間ギリギリに通勤することが増えました。
また、シフト制なので苦手に思う職員がいるかいないかだけでも気持ちが違いました。
子どもも同じで、問題児がお休みなだけで気持ちに余裕ができて、ゆったりと把握することができました。
休憩時間も、職員と会話するのが嫌で楽しくない時間になり、職場にいることが本当に苦痛でした。
毎日のように、少し遠いところに住んでいた結婚相手の家に行き、寝泊まりすることが楽しみになっていました。

【職場が大変だった原因】
自分が仕事に対してのやる気が皆無になったため、仕事を溜めまくっていたので、周りから見ると仕事ができない人になっていたこともあり、周りの視線も冷たく悪循環になっていました。
自分は2年目だったので、保育で困っている私を見てもう少し周りの職員も手を貸してくれたらよかったのになとはおもいます。




【仕事で良かったこと】
私はもともと絵が得意なので、絵の仕事をたくさん任せてもらえたのは嬉しかったです。
苦手な職員もみんな、私に期待して絵の仕事を頼んでくれたので、それに応えるために時間をかけて作り上げることが楽しかったです。




【特にひどかった最悪の出来事】
子どもを授かったことを職員会議のあとに全員に伝えたとき、「おめでとう」と声をかけてくれた職員は数名しかおらず、みんなが冷たい視線を向けてきました。
特に同期の職員は、(避難できないなんて)「何歳よ」と私に向かってはっきりと言ってきたことが1番辛い気持ちになりました。
こちらは、当時の彼氏(現在の夫)とも家族ともたくさん話し合いをした上で、子どもを産むことに決め、それを報告しているだけなのに、たかが職場の同期なだけのあなたに何を言えばいいの?と思いました。
子どもが生まれた後も、なにかと言ってきたこの同期は今でもあまりかかわりたくないです。
子どもができたことを報告した時期が、1番周りの職員からの態度や言葉がきつく最悪の思い出として残っています。




【相談した人・助けてくれた人】
相手に対して直接何かを言ってくれたわけではありませんが、14の話を聞いてくれた母,現在の夫や仲の良い友達が,一緒になって怒ってくれたのが救いになりました。
しかし、クラスの子どもの状況は言っても分かってもらえないと思い、誰にも話せずモヤモヤした気持ちは募っていくだけでした。

【改善のための行動】
改善しようとしませんでした。
なぜなら、次の春までこの状況で頑張れば産休に入れるという気待ちだったからです。
時間が解決してくれるからという思いで、現状維持を貫きました。
強いて言うなら、私は何をされても動じませんという強い意志を持って仕事をしていました。




【現在の状況と心境の変化】
それから2年経ち、現在は育休を終えて復帰しています。
当時嫌なことを言ってきていた職員は全員異動しており、真新しい環境で仕事をしているため、とてもリラックスして通勤できています。
もともと、みんなが異動してから復帰する計画だったため、計画通りにいってよかったです。
育児をするため短時間で勤務しており、担当クラスも持っていないので、周りに迷惑をかけずに自分のペースで仕事ができています。

【学んだこと】
保育の仕事は女社会であり、職場の人間関係はほんとに大切だと思いました。
特に、結婚、妊娠、出産、その後の育児はどうしても女性が担うことが多く、職場の中ではお互い様だという気持ちでいてほしいです。



【当時の自分へのアドバイス】
どんなに仕事が嫌でも、自分の仕事だけは責任を持ってやり遂げるべきでした。
それだけでも自分の居心地は変わってきたのではないかなと思います。
溜まってる仕事は家で終わらせて、少しでも職場にいる時間を減らして頑張ってほしいです。
でも、妊娠に対する同期や他の職員の言葉は何も気にせず、自分の体のことだけは大切にして、心穏やかな妊娠生活を送ってほしいです。