【保育士】文字通りの感情労働に押しつぶされた。そして異動や法人の体制をきっかけに、新たな自分の道を探索するようになった

【保育士】文字通りの感情労働に押しつぶされた。そして異動や法人の体制をきっかけに、新たな自分の道を探索するようになった

【性別】男性
【年齢】(仕事が大変だった当時)
33歳

【当時の職業】
保育士

【当時の住まい】
賃貸アパートに妻とまだ生まれたばかりの子どもで暮らしていました。

【その仕事はまだ続けてる?もう辞めた?】
転職して、違う業種で働いている





【就職のきっかけと経緯】
大きな社会福祉法人で、保育に限らず色んな施設・事業所・部署があるうちの一部門でした。
自分は福祉の中でも特に児童福祉分野をやりたいと思ってその法人に就職し、人事異動で児童分野(児童発達支援)に配属されました。

【環境と仕事内容】
仕事内容としては障がいのある子が親子で通園し、遊びやプログラムを企画・立案・実施していきました。
保育士が4名、言語聴覚士が1名、臨床心理士が1名といった職員体制で、自分はその中でも中堅的なポジションで、特に運動遊びに関する責任者をしていました。
通ってくる子どもたちはかわいかったですし、親御さん方々もご熱心でいい人が多かったですが、何しろ人数が100人を超えており一人ひとりを把握するのがとても大変でした。
休日は暦通り、給料は大きい法人ということもあり保育士にしてはそこそこ高い方だったと思われます。

【大変だった時期】
大学卒業後に法人に就職し、勤続5年後に人事異動でその部署(児童発達支援)に配属され、その部署にいてる時期がとても大変でした。




【大変だったこと】
大きく四つあります。
一つ目はその部署の長(園長相当)が気分屋すぎて、機嫌が悪いとあらゆる提案にNGを出されたり、やり方に批判的な態度を取られることが多かったので精神的に負担感が強かったことでした。
いわば、パワハラでした。
二つ目としては、通園者の人数が多すぎて記録が大変でした。
他の職員はパソコンが苦手で、一方で私はパソコンはそこそこ使える方だったので記録の類いの多くの割合を担わされたのは大変でした。
三つ目としては、同じ敷地の中に複数の部署・施設・事業所があり、マウントができており児童分野は見下されたり軽視されることが多かったのが辛かったです。
特に、保護者の相談援助などを行おうと思っても、他部署のことに駆り出されるなど本来の業務に時間がうまく使えなかったことも苦労したことでした。
最後の四つ目としては、いつ異動で児童分野から外されるかもしれないという、大きな法人特有の事情に日々、おびえていたのも正直なところでした。

【大変だった期間】
3年ほど続き、体調を壊してしまい少し休職しました。
その後、別の児童分野の部署へ異動になりました。




【当時の心境】
自分はそれでも児童福祉を軸にした、福祉のスペシャリストになりたいと思ったので、保育士以外の資格取得をしていこうと必死でした。
その結果として色んな資格試験に合格することができ、そのために勉強したことは仕事の中にも活かすことができ、子どもたちや保護者の方々が喜んでくださることが多かった点は良かったことでした。

【職場が大変だった原因】
まず園長相当の気分屋ぶりが、その部署の雰囲気を悪くしていたと思います。
それは自分が異動で去ってからも、他の人が辞めていったり休職したりなどが相次いだので私だけじゃなかったんだ、と思いました。
また、少ない職員で多くの利用者をみるというのも無理があったと思われ、そこは組織の問題だったと思います。




【仕事で良かったこと】
やはり子どもが好き、子どもがかわいい、保護者の方々のお役に立ちたいという一心で仕事をしていたので、利用者(親子)が喜んでくれたり楽しんでくれることがあるとやりがいを感じました。
特に私の場合は運動遊びの責任者を担っていたので、運動遊びで楽しんでいる様子が観られたときは率直に嬉しく思いました。




【特にひどかった最悪の出来事】
通園者がいないある夏の日に、園長相当の職員が「園内整備をしましょう」と言って、園庭の草刈りや遊具の整備、オモチャ類の整理などに部署の職員総出で頑張ってやっていましたが、言い出しっぺの園長相当が途中から文句を垂れ流してきたのがとても苦痛でした。
そして私が園庭の整備をしていた際に毛虫に刺されてしまい、作業後にかぶれてしまい、業務終了後に皮膚科へ行き、医師から「しばらくは運動遊び、特にプールはやらないように」と指示されました。
翌日、そのことを園長相当の職員に伝達すると「草刈りなんかするから毛虫に刺されるのっ!」とか「プール入れないことぐらいわかるわよっ!いちいち言わなくていいっ!」みたいな感じで言われ、なんでそこまで言われなきゃならないんだ!?とむかっ腹が立ちました。




【相談した人・助けてくれた人】
同じ敷地内の他部署・施設・事業所の中には仲のいい職員がいくらかいたので、よく愚痴をこぼしていました。
園長相当の職員に関しては多くの人が「あの人は“人つぶし”だからね」と共感してくれる人が多く、苦痛を感じているのは私だけじゃないんだということがわかったときにはちょっと救われた気持ちでした。
また、園長相当の職員の愚痴や文句が著しいときに、他部署の職員が「ちょっと手伝って」という口実で私を逃がしてくれたこともありました。

【改善のための行動】
私は児童分野の仕事はしたかったけれども「この部署には居たくない」という思いがあったので、他の児童分野で活かせる資格取得を頑張りました。
また、異動希望を提出して別の児童分野の部署に異動させてほしいことを法人側に願い出ました。




【現在の状況と心境の変化】
それからもう8年くらいが経ちます。
もうその部署は廃止になりました。
私はその後、他の部署に異動し、更に何年かごとに異動を重ねているうちに法人が児童分野から手を引くことになり、法人自体を退職して他の事業所へ転職しました。
転職後は小さな事業所で児童分野に従事しましたが、その事業所でも職種間でのやり方・考え方の差異が大きく、自分の得意分野や専門性を活かしにくかったのでそこも退職し、現在はフリーで委託を受ける形で児童・障がい福祉の仕事をするようになりました。

【学んだこと】
感情労働であるということを身を持って体験したので、「自分を大切にする」ということがいかに大事かということを学んだと思います。
そのことを色んな人々に伝えていきたいと思っています。



【当時の自分へのアドバイス】
あのときは「休む」とか「逃げる」という選択がなかったと思います。
もし当時の自分に何か言うのであれば「休め、そのうえで他へ逃げこめ」と言いたいと思います。
やはり、無理してまでやっていても長続きはしませんし、実際に私の場合は体調も壊しました。
そこまで耐える必要はないと思います。
他にも選択肢(異動、転職なども含め)が色々あり、そのためには色んな方法やサポート体制があるということを教えたいと思います。