憧れの保育士に。しかし、理想と現実の狭間で必死に働いた。そしてもう二度と現場には戻らないと誓った。

憧れの保育士に。しかし、理想と現実の狭間で必死に働いた。そしてもう二度と現場には戻らないと誓った。

【性別】女性
【年齢】(仕事が大変だった当時)
25歳

【当時の職業】
保育士

【当時の住まい】
実家の一軒家で親と同居。

【その仕事はまだ続けてる?もう辞めた?】
今は退職し主婦





【就職のきっかけと経緯】
就職するなら安定している職場、福利厚生の制度がしっかりしている職場、と考えておりました。
公立保育園であれば、福利厚生もしっかりしており、また安定もしているため就職しました。
市の公務員採用試験を受験し、就職しました。

【環境と仕事内容】
週休二日制です。
給与は市の規定通りでした。
一年目ですが、一歳児クラスの担任をしていました。
子どもたちの保育はもちろん、月案、週案、児童票などの書類から、園の掃除、職員会議、保護者対応まで、仕事内容は多岐にわたりました。
また、運動会や発表会などの行事前には、残業もありましたが、残業手当はしっかりと支給されていました。
職員の人数は50名程度です。
正規職員は10名程度、臨時採用やパート、嘱託職員などが40名程度で、その40名の中に給食担当の調理師職員がいました。
園長、副園長、保育主任が1名ずつ、主任保育士が2名、残りは保育士です。
自分のポジションは保育士でした。
子どもは可愛かったですが、保護者は様々な方がいらっしゃいました。
優しい方もいれば、クレームを言う方もおられました。

【大変だった時期】
大学新卒で就職し、一年目が大変でした。




【大変だったこと】
女性の職場でしたので、人間関係は悪かったです。
50代くらいの方々の陰口がひどく、派閥のようなものができていました。
また、園長が独裁者のようで、命令口調や仲間はずれのようなことも度々ありましたので、泣いている職員をみたこともあります。
正規職員は福利厚生がしっかりしていますが、そのぶん休みづらく、なかなか有給休暇が使えない状況でした。
若い職員は抱っこやおんぶなどを、積極的にさせられるので、肩や腰、膝を痛めることも、よくありました。
勤務時間を過ぎても、先輩職員がいると帰りづらく、なかなか帰れませんでした。
こどもと遊ぶことが主な仕事に思われがちですが、こどもと遊ぶことより、事務仕事のほうが大変で、やり直しなども多く、持ち帰って仕事をしなければいけないことも多くありました。

【大変だった期間】
ずっと続いていました。




【当時の心境】
公務員でしたので、将来に対する不安はありませんでしたが、毎日疲れが取れず、朝起きると本当に憂鬱でした。
仕事量が多く、給与が割に合っていないと思っていました。
それでも、クラスのこどもたちの成長は嬉しく、こどもたちと関わる時間はとても幸せでした。

【職場が大変だった原因】
園長先生が自分のことしか考えていないこと。
また、臨時採用職員やパート職員の正規職員に対する嫌がらせや仕事の押し付けなどが原因だと思っていました。




【仕事で良かったこと】
こどもたちのできなかったことが、日々の保育の中でできるようになる喜びや感動は、本当にやりがいでした。
また、時間をかけて準備をし、こどもたちと練習をし、運動会や発表会が成功し終わった時には、とても達成感がありました。




【特にひどかった最悪の出来事】
1歳児クラスの担任でしたので、排泄は大変でした。
使用済みのオムツは各家庭で持ち帰るのですが、ある日、保護者の方が迎えに来られた時に大変だったことがありました。
自分の持ち帰りのオムツを、ひとつひとつ匂って、「これはうちの子の匂いじゃないので、うちの子のおむつではありません。」と言われました。
都度、確認をしているので、間違うことはないはずですが、どう対応して良いか分からず、パニックになりました。
匂いでわかるものなのか、一年目のわたしにはわからず、なんと言って対応すればよいかわかりませんでした。
結局、そのオムツは園で処分しましたが、その保護者の方は、クレームを言うことがよくあったので、そのたびに対応が大変でした。




【相談した人・助けてくれた人】
優しい先輩に相談したり、大学時代の友人に愚痴を言ったりしていました。
話を聞いてもらえるだけで、ありがたかったです。
また、他の園に同期かまいましたので、ブラックな職員の情報共有等をして、情報を役立てていました。
同期の存在は心強かったです。

【改善のための行動】
保育に関することは、とにかく先輩職員に聞いていました。
また、相談をすると、解決策などを一緒に考えてくれていたので、本当に助かりました。
また、毎月保育雑誌を購入し、読み込んでいました。
大学時代の教科書なども、読むことで解決に向けてのヒントになりました。




【現在の状況と心境の変化】
昨年退職しましたが、自身もこどもを3人産み、育てております。
子育てをする中で、保護者の方の気持ちが今なら分かることもあります。
また、当時のこどもたちに対する保育も、もっとこうしてあげれば良かったと思うこともあります。
年齢を重ね、自身も子育てを経験する中で、今なら上手くいくかもと思うこともよくありますが、もう保育士として働くことはないかもしれません。

【学んだこと】
我慢をして、辛抱強く頑張ることも大切ですが、自分の気持ちや考えのほうがもっと大切だと学びました。
身体を壊してからでは、遅いということも。



【当時の自分へのアドバイス】
我慢をすることも大切だけど、自分の考えをしっかり持つことも大切です。
周りの言うことばかりを聞いていたら、自分の保育ができなくなります。
また、人が陰口を言っていても、同調はしないこと。
自分は自分、周りは周り。
自分をしっかり持っていれば、周りに何を言われても大丈夫。
気にしてはいけません。
自信を持ってがんばって。