【保育士】細かい添削の男性保育士に振り回されていた新人時代。女の敵は女ではなく、女の敵は女らしい細かい性格の人。

【保育士】細かい添削の男性保育士に振り回されていた新人時代。女の敵は女ではなく、女の敵は女らしい細かい性格の人。

【性別】女性
【年齢】(仕事が大変だった当時)
21歳

【当時の職業】
保育士

【当時の住まい】
実家の一軒家で親と妹弟と同居

【その仕事はまだ続けてる?もう辞めた?】
転職して、違う業種で働いている





【就職のきっかけと経緯】
元々、ゼミの先生が理事長をしており、新卒で入った職場で上手くいかなかった為、受からせることはできないけれど受けてみたら?と言われ面接したところ、かなりの人手不足だったようで採用されました。

【環境と仕事内容】
2歳児クラスの副リーダー。
(正規職員)
子ども20人(一時利用も含め)に対し職員4人。
子ども20人のうち、1人加配が必要な児童がいた。
子どもはとにかく元気がいっぱい。
自由に、のびのびとと言う保育園の理念そのものだった。
そのため、保護者に理解がないと転園してしまう子がどうしても出ていた。
入園からオムツをさせずにパンツで快・不快を覚えてもらうとのことで保護者の方はとにかく洗い物が多かったと思う。
そのため、保護者との仲も良好だった。
当時、職員関係はよく、先輩に暖かく見守っていただいた。
休日はとにかく遊び歩いており、当時の職員とも飲んでいた。
給料は手取り17万円ほどだったと思う。

【大変だった時期】
社会人2年目、この職場に就職して1年目。




【大変だったこと】
月案、個月案の直しがほんとに多かった。
クラスリーダーに添削してもらった後も赤ペン先生のように乳児リーダーと主任に直されていた。
書き方を教えて欲しいとお願いするも、添削で覚えて欲しいとの事。
子どもが午睡している間に直しが返ってくるので休憩にも行けなかった。
リーダーから次は大丈夫と言われても正直、こんなこと気にする?というところまで細かく直された。
もちろん月案、個月案の作成もサービス残業。
直しもサービス残業。
早番の日に上がってから(タイムカード押してから)6時間ほど園でパソコンに向かうことがほとんどだった。
言われた通りに直してもなぜか、言い回しやニュアンスが違うとのことで月案提出してから3ヶ月後に職員に配ることもあった。
救いだったのは自分だけではなく、他の職員も同じ状況だったこと。

【大変だった期間】
2歳児が終わり、自分は1歳児クラスの担当になったと同時に当時の乳児リーダーが外れた。
その後の書類は簡素化された。




【当時の心境】
月案提出日だった20日前後がとにかく苦痛だった。
朝も早く起きて、夜遅くまでパソコンと向き合っていたため、本当にしんどかった。
どんなに残業しても給料が変わらなかったためどんどん不満ばかり溜まっていた。
リーダーがとてもいい人だったので自分の仕事がある中、伝え方や書き方を教えてくれた。
やっぱり子どもが可愛かったので日中の保育で癒されていた。

【職場が大変だった原因】
当時の主任と乳児リーダーがとにかく細かい性格だったからだと思う。
もちろん自分の国語力の問題もあったが、添削者が気分で変わるような人だった。
(主任も乳児リーダーも男性保育士)




【仕事で良かったこと】
子どもと一緒に成長していた時。
初めて名前呼んでくれた時のことを今でも覚えているし、出来るようになることが増えていく姿を1番近い場所で見させてもらったのは嬉しかった。
また、保護者と嬉しい気持ちを分かち合える環境にいたため、やりがいがあった。




【特にひどかった最悪の出来事】
2歳児クラスの担当が終わり、1歳児クラスの担当になった時の夏頃の乳児会議。
当時の2歳児クラスの担当が「トイレで出来るにも関わらず、わざとおしっこを失敗して、大人の反応を楽しんでいる。
以前も2歳児クラスを担当したことがあるがこんなことは初めて。
去年もこんなことはあったのか?」と聞かれたので、「自分の時はそういうことはなかったと思う。
ただ、試し行動なのであれば大人が気にしてムキになればなるほど酷くなると思う」と発言。
(ゼミで試し行動の心理などを学んでいた)
上記の発言をした時に遅番だったフリーの先輩が「○○ちゃん(私)は2歳児クラスには入らないんだから適当なことは言わないで欲しい。
そういうことはフリーにきけ」と怒鳴られたこと。
去年の2歳児クラスの担当として意見を聞かれたので回答したら怒られた。
(2歳児クラスを一緒に担当していた人はこの会議にはいなかった)




【相談した人・助けてくれた人】
幸いにも仲のいい先輩がいたため、愚痴を聞いてもらった。
後輩にも恵まれ、職員同士で慰めあって仕事していた。
下の意見を上に上げてくれる先輩もいたため本当に心強く感じていた。
自分だけではなく先輩も愚痴ってくれたので気軽に相談ができた。

【改善のための行動】
味方がいたこともあり、管理職に状況を伝え、改善してもらうようにお願いをした。
しかし、好き勝手する人には上の立場の人も意見が言えなかったため、「そういう人だから」と何度も言われた。
年度の半ばで諦めたが同じ状況の人が沢山いたため、励ましあった。




【現在の状況と心境の変化】
あれから約6年ほど経ち、保育園から学童に異動になったことをキッカケに退職。
(異動の学童がひどかった)
保育園では中堅がいない状況でかなりの人がやめた。
そのため法人があわてて園長を変えたり書類の簡略化をしたがバタバタしているらしい。
残業して当たり前だと思っていたけれど転職し、その考えは変わり、今でも後輩に園について相談される。
今でも書類の添削から始めるのではなく、書き方を教えるところから始めた方がいいと当時の理事長であり、現在の園長に申し立てている。

【学んだこと】
多少上層部が理不尽でも職員同士の仲がよければ支えあっていける。
なんなら上層部度も理不尽なことを言っている自覚のある人もおり、そういう人は別の人にフォローをお願いして上手く保育園は回る。
今の保育園は職員の仲が良くないため個々で不満が溜まり退職に至っているよう。



【当時の自分へのアドバイス】
男の保育士さんは女性より情緒が不安定。
当たり散らしても情緒が安定すれば全て忘れる。
自分で働きすぎたと思ったら休んでいいと思う。
また、先輩に甘えられるところはしっかり甘えてよい。
だって先輩はその分お給料をいただいているのだから。
新人育成も先輩の仕事。
全部自分で抱えて1日6時間もパソコンに向き合っても意味がないし、休みの日に朝から出勤して月案書いても無駄。
休みはリフレッシュしたほうがいい。